読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

モリエール「人間ぎらい」

 フランス貴族たちの社交界を舞台とした戯曲。

 主人公のアルセストは社交界を憎んでいた。本人の前ではお世辞を並べ立て、いなくなると悪評の噂に悪口三昧…。そんな俗物たちにうんざりしていたアルセストだが、なぜかそれらの中心人物である未亡人セリメーヌに恋をしている。

 登場人物はすべて典型人物である。劇画化され、現実離れしているが、それでもどこか実際に存在しそうに思えてしまう。読む人によって、それぞれの人物に自分の知人を重ね合わせてしまうであろう。これはモリエールの卓越した人物描写による。名作が時代を越えて読まれるのは、ここに理由があるのではないか。

 喜劇であるため、テンポよくあっさりと書かれている。しかしアルセストの厭世的な言動は悲痛であり、そしてセリメーヌの社交的な振る舞いにもどこか虚無的なものがある。行間からは、モリエールの人間嫌いが滲み出ているのだ。

 

 

新潮文庫「人間ぎらい」内藤濯

人間ぎらい (新潮文庫)

人間ぎらい (新潮文庫)

 

 

筒井康隆「霊長類 南へ」

筒井康隆

 あとがきには最終戦争SFと書かれている。終末SFという言い方もあるが、要するに世界の終わりを描いたものだ。このテーマで書かれた小説は無数にあるのではないか。それほど書きやすいテーマであるのだが、そこは筒井康隆である。ありきたりな内容になるはずがない。

 

 中国のミサイル基地内で、技術兵間にいざこざが起きる。罵倒から殴り合いになり、コントロールパネルに倒れかかった拍子にミサイル発射ボタンが押されてしまう。時は冷戦下。米国とソ連それぞれの基地に核ミサイルが落ちる。お互いに誤解したまま、ホットラインで宣戦布告を行い、地上最大の『パイ投げ』合戦が始まる・・・。

 いささか非現実的でくだらない開戦となるが、最終戦争などというものはこのような始まり方がふさわしいのかもしれない。そしてここからが筒井康隆の本領発揮である。人類滅亡に対して毅然と立ち向かうヒーロー、それを支えるヒロイン、そして二人のラブロマンス・・・。そういったものは当然一切描かれない。核汚染を逃れるために、おもに日本を舞台にひたすら人々は南に逃げ惑う。街や道路は混沌とし、誰もが他人の尊厳を無視して殺人すら辞さずに移動する。国会では首相以下主要閣僚のみ自衛隊のヘリで逃げようとし、後を追う他の議員やマスコミと殴り合い、もみ合い、殺し合う。道路は事故車で溢れ、歩行者は容赦なくひき殺される。

 中でも壮絶なのは晴海埠頭である。南極観測船『ふじ』には群衆が蟻のようにたかり、先に乗り込んだ人間は次々と潰されていく。

 『…上へ、さらに上へと積み重なり続ける人間の山の、その底では、すでに圧死した人間たちのからだが音を立てて潰れ続けていた。助骨は折れ続けていた。血は噴き出し続けていた。血と汗が泡立ちながらまじりあい、潰れた肉体が泥のようにこねまわされていた。抱き合った母親と赤ん坊の助骨と助骨が、互いのからだの中へ、入れこになって食いこんだ。抱き合った恋人たちの胸と胸が同時に平たくなり、内臓が口と肛門からとび出して混ざりあった。専務取締役の柔らかな腹部に、八百屋のおかみの折れた足の骨が、どこまでもどこまでも、深く突き刺さっていった。…』

 南極点アムンゼン・スコット基地に辿りついたイギリス南極観測隊員バラードは、人類最後のひとりとして、「Nonsense……」と終焉の言葉を呟いて死ぬ。

 

 神を描いた長編「モナドの領域」で、筒井康隆はGODにこう語らせている。

 『…お前さんたちはまさか、このまま人類の繁栄が永遠に続くと思っているんじゃあるまい。いずれは絶滅する。それは確かなことだ。―中略―ただこれだけは言っておこう。お前さんたちの絶滅は実に美しい。お前さんたちには不本意だろうが、わしにとってはまことに美しいのだ。…』

 筒井康隆にとっての美しい絶滅とは、このようなドタバタをいうのであろうか。

 

 

 出版芸術社筒井康隆コレクションⅡ 霊長類 南へ」日下三蔵・編 収録

 

 新潮社「モナドの領域」筒井康隆

モナドの領域

モナドの領域

 

 

ジョージ・オーウェル「パリ・ロンドン放浪記」

ジョージ・オーウェル

 ジョージ・オーウェルが、パリとロンドンの貧民街での生活を綴ったルポルタージュ文学である。

 オーウェルは努めて客観的にこの経験を記録している。そのため、貧民に対する考えなどは時折語られているが、自身の境遇などはほとんど書かれていない。なのでオーウェルが何故スラムに暮らすことになったかについては、訳者のあとがきから知ることとなる。

 大学卒業後、インドで警察官として勤務していた(彼は英国人である。当時インド帝国は英国の植民地であった)オーウェルは、退職して作家を目指し、パリに渡ったそうだ。当時で有名大学を卒業しているのであれば、生まれながらの貧民ではなく、むしろ裕福な家庭で育ったのであろう。つまり意図的に貧困生活を送ったことになる。後にスペインの内戦の時には、革命軍に参加したことも考えると(この経験は「カタロニア讃歌」という作品にまとめられる)、好奇心からの行動にも思われる。

 パリで所持金が底をつき、生活のために皿洗いとしての職を探すところからこの放浪記は始まる。滞納している家賃を巡っての大家との駆け引き、質屋での攻防、貧民街レストランの馬鹿騒ぎに加え、革命で祖国を追い出されたロシア将校、悪徳に魅せられて自堕落な生活を送るフランス名家の息子などとても紹介しきれないほどの個性的な登場人物に溢れている。さらには採用されたホテルXでの1日13時間に及ぶ労働、頂点を支配人として最下層に皿洗いを置くピラミッド型の権力構造などが、『好奇心を起こして一日に何回「バカヤロウ」と呼ばれたか数えてみたら、三十九回だった。』といったユーモラスな記述を交えて事細かに描写されている。

 ロンドンに場所を移すと少し趣が変わり、浮浪者の話になる。当時の英国では浮浪者の収容所(スパイク)というものが各地に用意されていたが、同じ収容所に連続で泊るのは禁止されていた。そのため浮浪者は、毎日毎日他の収容所へと移動せねばならなかったのだ。浮浪者同士では、各地のスパイクの情報交換をしている。

 

『「そうさな、ここはココア・スパイクだよ。紅茶スパイクもあれば、ココア・スパイクもある。スキリー・スパイクだってある。ありがてえことに、ロムトンじゃスキリーは出さねえ――とにかく、前におれがいたときにゃ出さなかった。ずっとヨークまで行って、ウェールズを回ったんでよ」

 「スキリーってのは何かね」わたしは聞いた

 「スキリー?缶に湯を入れて、底にひでえオートミールがちょこっとへえってる奴よ。そいつがスキリーさ。スキリーをよこすスパイクは最低だね」』

 

 パリ篇ほどの派手さはないが、当時の貧民の生活は非常に興味深い。

 オーウェルインド帝国で警察官として勤め、パリ・ロンドンでスラムを回り、さらにはスペイン内戦に参加した。有名な「1984」や「動物農場」などの小説には、これらの経験が色濃く影響を与えているように思える。

 

 

 岩波文庫「パリ・ロンドン放浪記」小野寺健

パリ・ロンドン放浪記 (岩波文庫)

パリ・ロンドン放浪記 (岩波文庫)

 

 

手塚治虫「ばるぼら」

手塚治虫

 耽美主義をかざして文壇にユニークな地位をきずいた流行作家、美倉洋介。彼は生まれながらの異常性欲に苦しめられていた。

 『この薄汚れた太平楽に浸って何にふるい立てというのだ

  ショパンは祖国の危機を叫び 

  ルネ・クレマンレジスタンスに加わった

  いまのわれわれにはデカダンスしか与えられない!泡沫の世紀の袋小路にすぎな

  い!』

 『だが俺は芸術をつくるぞ!たとえ悪魔に魂を売りわたしても俺は芸術を創造する!

  悪魔よいつでも来い!』

 性欲を芸術へと昇華させる。フロイトの理論である。そんな美倉の元にバルボラと名乗るフーテン娘が居候し始める。男口調で汚れた服を着て、いつも酒に溺れているバルボラだが、この娘が美倉の異常性欲を踏みとどまらせるストッパーの役割を果たすことになる。

 序盤は一話完結の異常性欲オムニバスとなっている。獣姦に近親相姦、さらにはマネキン姦、過激な地下SMクラブ。どれもすんでのところでバルボラが止めてくれる。その経験を長編小説として書き続けるうちに、占い師に死を予言される。生き延びるには、小説の主人公を殺すしかないという。自らの小説の主人公と同一視させられた美倉は、逆にその小説の中で占い師を殺すことにする。鈍器で殴り殺すシーンを書き終えると刑事が現れ、占い師が撲殺されたことを告げられる。

 ここから段々とストーリーが展開していく。西洋の幻想的な絵画展を見に来た美倉は、その『理論にも慣習にもモラルにも束縛されぬ不条理なディモニッシュな世界!―』に魅了される。『狂気の世界だ!私はなんとそれがなつかしく身近に感じたことだろう』美術館に火をつけようとしているところをバルボラに止められる。バルボラへの感情が徐々に変化し始めるが、同時に彼女が芸術の女神ミューズ姉妹の末っ子であるとこが明らかになってくる。

 バルボラは芸術家のところに居座り、名作を作らせる。そしてバルボラがその元を去った芸術家は、抜け殻のようになる。美倉はバルボラを殺そうとするが、遂には精神に異常をきたす。山小屋の中で飢えと狂気に苛まれ、「ばるぼら」という私小説を書くこととなる。

 

 手塚治虫は芸術の残酷さを描きたかったのだろう。自分の描いた芸術が、漫画という表現形式のおかげで不当に低い評価を得ていたことに不満があったのかもしれない。

 

 

角川文庫「ばるぼら」上下巻

 

 

ばるぼら (上) (角川文庫)

ばるぼら (上) (角川文庫)

 

 

ばるぼら (下) (角川文庫)

ばるぼら (下) (角川文庫)

 

 

安部公房「友達<改訂版>」

安部公房 筒井康隆 フィリップ・K・ディック フランツ・カフカ

 安部公房の戯曲。冒頭に本人の作詞による「友達のブルース」の楽譜が載っている。

『夜の都会は

   糸がちぎれた首飾り

   あちらこちらに

   とび散って

   あたためてくれたあの胸は

   どこへ行ってしまった

   迷いっ子 迷いっ子』

 一人暮らしの男のもとに、九人家族が闖入してくる。説明もないまま居座り、共同生活のルールに従うよう要求してくる。何の権利があってこんなことをするのかと質問しても、これは義務であると言う。警察を呼ぶが、『何か、証拠があるかね?』と相手にされない。むしろ九人家族の疑いを知らない微笑に同調し、最後には家族に目配せをして引き返す始末だ。婚約者に相談するも、次男に妨害される。その間に婚約者の兄は、九人家族に説得され、すでにその思想に共感していた。それは隣人愛だという。

 大槻ケンヂはこのような話を、アリ地獄的シュールレアリズムと呼んだ。古くはフランツ・カフカが始め(審判・城など)、安部公房が受け継いだ。特にSF向きのテーマなのであろう。フィリップ・K・ディック、そして筒井康隆もこの手法を得意とする。筒井康隆はこの種の面白さを、不条理感覚と呼んでいる。

 次男の演奏するギター、ラジオからは随時友達のブルースが流れる。家族と男の滑稽な会話と合わさって、なんとも不思議な世界を演出する。男は最終的に靴箱に監禁され、最も慈愛に満ちた次女に殺されることになる。次女は静かにすすり泣きながら、『さからいさえしなければ、私たちなんか、ただの世間にしかすぎなかったのに……』。

 なんとも寓意に満ちた話である。読む人それぞれに解釈が存在するだろう。

 

新潮文庫「友達・棒になった男」収録

 

友達・棒になった男 (新潮文庫)

友達・棒になった男 (新潮文庫)

 

 

原型となった短編「闖入者」は、新潮文庫「水中都市・デンドロカカリヤ」収録

 

水中都市・デンドロカカリヤ (新潮文庫)

水中都市・デンドロカカリヤ (新潮文庫)

 

 

 

 

ジャン・ジュネ「泥棒日記」

ジャン・ジュネ 三島由紀夫

 三島由紀夫は評論「ジャン・ジュネ」でこのように書いている。

 『サルトルが、ジュネは悪について書いたのではなく、悪として書いた、と言っているのは正しい。』

 ジュネはパリで娼婦の腹から生まれた。父親はわからず、母親からも生後七カ月で捨てられた。施設にも里親にも馴染めず、男娼と泥棒をしながら各地を放浪する。「泥棒日記」はその経験を描いた自伝小説である。

 経歴だけでも凄まじいが、怪物作家と呼ばれる理由はそれだけではない。ジュネは自らが身を置いた男色・泥棒・裏切りの世界を描きながら、それを聖なる高みにあげようとした。つまり、価値観の転覆を試みたのである。

 ジュネは各地を遍歴しながら、さまざまな男たちを恋し、結ばれ、やがて裏切る(あるいは裏切られる)。泥棒をし、身体を売る。牢獄に入れられても、それがジュネにとってなんであろう?彼は檻の中でも同じように過ごし、刑期が終わればまた同じように放浪を始める。彼には自身の哲学があり、この本はほとんどがその記述に充てられている。しかしそれは非常に象徴的で、まとまった体系を持たない。「泥棒日記」が難解であるのは当然である。倒錯した価値観の持ち主が描いた主観的な象徴の表現が、当人以外にすんなりと理解できるはずがない。

 ではこの小説はいかにして読むべきか?密教の秘められた祭儀を覗き見るように、距離を置いて客観的に読むべきであろう。主観的に読むということは、ジュネの密教に入信することに他ならない。

 

新潮文庫「泥棒日記」朝吹三吉訳 

泥棒日記 (新潮文庫)

泥棒日記 (新潮文庫)

 

 

三島由紀夫の評論「ジャン・ジュネ」は新潮文庫「小説家の休暇」に収録

小説家の休暇 (新潮文庫)

小説家の休暇 (新潮文庫)

 

 

夏目漱石 「彼岸過迄」

夏目漱石

 まえがきにこうある。

『…かねてから自分は個々の短篇を重ねた末に、その個々の短篇が相合して一長篇を構成するように仕組んだら、新聞小説として存外面白く読まれはしないだろうかという意見を持していた。…』

 この「彼岸過迄」はこの構想に基づく長篇であり、各章は内容として続いているがそれぞれ単独に読んでも楽しめるようになっている。その中でも異色なのが「雨の降る日」である。

 岩波文庫版の注釈には、この章について詳しい説明がある。漱石は数え年二歳の五女雛子を突然の死で亡くしている。本人の手紙によると、この章は、雛子への鎮魂として書かれたようだ。

 この小説では宵子という名前にされている五女は、『…松本夫婦は取って二つになる宵子を、指輪に嵌めた真珠のように大事に抱いて離さなかった。彼女は真珠のように透明な青白い皮膚と、漆のように濃い大きな眼を有って、前の年の雛の節句の前の宵に松本夫婦の手に落ちたのである…』と愛情たっぷりに描かれている。姪に結ってもらったリボンを、よたよた歩いて「イボン、イボン」と言いながら父母に自慢しに行くシーンも、実際の出来事をそのまま書いたのであろう。

 雨の降る日に、父は来客の相手をするために客間にこもる。姪が宵子に食事をとらせることになる。匙の持ち方を教えられ、頭を傾げて「こう?こう?」と聞き直していた宵子は、突然うつ伏せに倒れてそのまま息を引き取る。それから親戚の慰問、骨上までの一連の描写がなされ、一段落ついた膳の場面となる。父は言う。『「己は雨の降る日に紹介状を持って会いに来る男が厭になった」』

 先に述べた漱石の手紙にはこうある。『「『雨の降る日』につき小生一人感懐深き事あり、あれは三月二日(ひな子の誕生日)に筆を起こし同七日(同女の百カ日)に脱稿、小生は亡女のために好い供養をしたと喜びおり候」』

 日本一の文豪の筆によって供養されたとは、雛子さんは知る由もないだろう。

 

 岩波文庫彼岸過迄

彼岸過迄 (岩波文庫)

彼岸過迄 (岩波文庫)