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愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

太宰治「桜桃」

太宰治

 太宰治の短編である。書き出しは、『子供より親が大事、と思いたい。』。

 自らの家庭における夫婦喧嘩を材にしたものだが、大声で罵りあうなどの場面はない。妻が呟いた嫌味に対して、太宰治は自分がいかに気が小さくて、喧嘩というものに向いてないかを書き連ねる。

 『私は議論をして、勝ったためしがない。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。』

 妻の嫌味は、家事と子育ての多忙さに関することであるが、これについても反省なのか自虐なのか、はたまた開き直りなのかよくわからない独白が続く。

 『母も精一ぱいの努力で生きているのだろうが、父もまた、一生懸命であった。もともと、あまりたくさん書ける小説家では無いのである。極端な小心者なのだ。』

 ひとりごとのように『誰か、ひとを雇いなさい。』と主張するが、反論にあって黙ってしまう。病気の妹のところに見舞いに行きたがっている妻に、子供の面倒を押し付け、太宰は金を持って酒場に行く。

 『きょうは夫婦喧嘩でね、陰にこもってやりきれねえんだ。飲もう。今夜は泊るぜ。だんぜん泊る。』

 桜桃が出され、子供に食べさせたら喜ぶだろうと思いながら、不味そうに食べる。食べながら心の中で「子供より親が大事」と呟いて、この短編は終わる。

  この小説のタイトルを元に、太宰治の忌日は「桜桃忌」と呼ばれ、三鷹市の墓には毎年ファンが集うそうだ。このような小説が共感を呼ぶのはどういうわけか?正直に自分の内面をさらけ出すことへの、憧れなのかもしれない。

  なお、冒頭には、文語訳聖書の詩篇第百二十一篇が『われ、やまにむかひて、目を挙ぐ。』まで引用されている。この続きは『わが扶助(たすけ)はいづこよりきたるや』である。

 

 角川文庫 太宰治 「人間失格・桜桃」収録

人間失格 (角川文庫)

人間失格 (角川文庫)