愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

ホセ・ドノソ「別荘」

 巻頭にベントゥーラ一族の一覧がある。49人載っており、これに別荘の使用人たち、周囲に住む原住民を合わせると、登場人物は莫大な量になる。この時点で普通の小説ではない。

 別荘というのは、ベントゥーラ一族の所有する別荘を指す。この周囲の土地は、上質の金が採掘できる鉱山を含めてこの一族の所有である。毎年夏になると一族は、避暑がてら金の採掘具合を視察しに来るわけだ。無数の槍を使用した柵に囲まれ、広大な別荘で一族はカードゲームや他愛のないお喋りに明け暮れる。退屈した親たちが使用人たちを連れ、子供たちだけを置いてピクニックに出かけるところからこの小説の第一部「出発」は始まる。近くに楽園のような場所があるとの噂が広まったのだ。

 ストーリーの進行につれて、異常な登場人物たちと異常な舞台背景が明らかにされていく。男に生まれながら知恵遅れの母親に女の子として育てられた、無政府主義者のウェンセスラオ。その父であり、原住民と交流がある医師でもあり、現在は発狂して幽閉されているアドリアノ。本の背表紙しか飾られていない図書室で、存在しない本を読み続けるアラベラ。柵の槍をひたすら抜き続けるマウロ。従兄二人と男色にふけるフベナル…。

 別荘の周囲に住む原住民は、一族からは「人食い人種」と呼ばれ蔑まれている。そして無限の荒野に生え茂るグラミネアは、時期になると綿毛を撒き散らして人々を窒息させるのだ。

 第二部「帰還」になるとストーリーは一変する。大人たちが一日のピクニックを楽しんで帰ってくると、別荘では一年の月日が経っており、ウェンセスラオの父アドリアノが教祖として、原住民と子供たちが共同生活を営んでいる。危機感を覚えた大人たちは街へ避難し、執事率いる武装した使用人部隊によって別荘は制圧される。絶対的な権力を手に入れた執事は、別荘内にある全ての時計・カレンダーなどを没収し、鎧戸を閉めて窓ガラスを黒く塗るよう命令する。

『「…そうすれば昼と夜の区別はなくなり、すべてが歴史から外れた沼に停滞する。ご主人様が戻ってくるまで、歴史を止めておくのだ」』

 しかし使用人部隊の弾薬は底を尽きかけている。そして大人たちが、新たに雇った使用人部隊と共に別荘に向かってくる…。

 

 とても内容を事細かに説明できるような小説ではない。壁に描かれた騙し絵は自由に壁から出入りし、著者であるドノソは作中に登場して自らの創作した人物と会話をし始めるのだ。そして子供たちが使用人を含む大人たちに感じている不信感こそ、ドノソが描きたかったもののように思える。

 

 現代企画室 ホセ・ドノソ 「別荘」 寺尾隆吉訳

別荘 (ロス・クラシコス)

別荘 (ロス・クラシコス)