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愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

筒井康隆「霊長類 南へ」

筒井康隆

 あとがきには最終戦争SFと書かれている。終末SFという言い方もあるが、要するに世界の終わりを描いたものだ。このテーマで書かれた小説は無数にあるのではないか。それほど書きやすいテーマであるのだが、そこは筒井康隆である。ありきたりな内容になるはずがない。

 

 中国のミサイル基地内で、技術兵間にいざこざが起きる。罵倒から殴り合いになり、コントロールパネルに倒れかかった拍子にミサイル発射ボタンが押されてしまう。時は冷戦下。米国とソ連それぞれの基地に核ミサイルが落ちる。お互いに誤解したまま、ホットラインで宣戦布告を行い、地上最大の『パイ投げ』合戦が始まる・・・。

 いささか非現実的でくだらない開戦となるが、最終戦争などというものはこのような始まり方がふさわしいのかもしれない。そしてここからが筒井康隆の本領発揮である。人類滅亡に対して毅然と立ち向かうヒーロー、それを支えるヒロイン、そして二人のラブロマンス・・・。そういったものは当然一切描かれない。核汚染を逃れるために、おもに日本を舞台にひたすら人々は南に逃げ惑う。街や道路は混沌とし、誰もが他人の尊厳を無視して殺人すら辞さずに移動する。国会では首相以下主要閣僚のみ自衛隊のヘリで逃げようとし、後を追う他の議員やマスコミと殴り合い、もみ合い、殺し合う。道路は事故車で溢れ、歩行者は容赦なくひき殺される。

 中でも壮絶なのは晴海埠頭である。南極観測船『ふじ』には群衆が蟻のようにたかり、先に乗り込んだ人間は次々と潰されていく。

 『…上へ、さらに上へと積み重なり続ける人間の山の、その底では、すでに圧死した人間たちのからだが音を立てて潰れ続けていた。助骨は折れ続けていた。血は噴き出し続けていた。血と汗が泡立ちながらまじりあい、潰れた肉体が泥のようにこねまわされていた。抱き合った母親と赤ん坊の助骨と助骨が、互いのからだの中へ、入れこになって食いこんだ。抱き合った恋人たちの胸と胸が同時に平たくなり、内臓が口と肛門からとび出して混ざりあった。専務取締役の柔らかな腹部に、八百屋のおかみの折れた足の骨が、どこまでもどこまでも、深く突き刺さっていった。…』

 南極点アムンゼン・スコット基地に辿りついたイギリス南極観測隊員バラードは、人類最後のひとりとして、「Nonsense……」と終焉の言葉を呟いて死ぬ。

 

 神を描いた長編「モナドの領域」で、筒井康隆はGODにこう語らせている。

 『…お前さんたちはまさか、このまま人類の繁栄が永遠に続くと思っているんじゃあるまい。いずれは絶滅する。それは確かなことだ。―中略―ただこれだけは言っておこう。お前さんたちの絶滅は実に美しい。お前さんたちには不本意だろうが、わしにとってはまことに美しいのだ。…』

 筒井康隆にとっての美しい絶滅とは、このようなドタバタをいうのであろうか。

 

 

 出版芸術社筒井康隆コレクションⅡ 霊長類 南へ」日下三蔵・編 収録

 

 新潮社「モナドの領域」筒井康隆

モナドの領域

モナドの領域