愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

マヌエル・プイグ「蜘蛛女のキス」

 刑務所で同室となった、同性愛者モリーナと革命家バレンティンの会話がほとんどを占めている。その会話も、モリーナが覚えている映画のストーリーをバレンティンに聞かせるというものだ。地の文は時折挿入される報告書と、注釈しかない。注釈は、本編のストーリーとあまり関係があるとは思えない、おもに同性愛に関する学説の引用である。

 読者は小説を読みながら、小説内で語られる映画のストーリーを読むことになる。そしてモリーナの語りは、現実場面での語りのように、映画のストーリが順序を追わず、断片的なものとなっている。映画の断片的なストーリーと、その合間の会話から窺い知れる監房内の二人の断片的な状況を、読者は頭で整理しつつ推測しながら読み進めることになるのだ。

 マヌエル・プイグは、映画監督を目指してローマに留学した。挫折して作家になるのだが、映画監督修行時代に得た知識や経験、さらには表現形式まで、小説に生かすことに成功している。作家になるためには、無駄な経験など何ひとつ無いことを思い知らされる。

 

集英社文庫「蜘蛛女のキス」野谷文昭

蜘蛛女のキス (集英社文庫)

蜘蛛女のキス (集英社文庫)