愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

芥川龍之介「玄鶴山房」

 家の主人である堀越玄鶴は肺結核にかかり、看護婦を付き添いに、離れで床に就いている。茶の間の隣で、腰が抜けてこちらもやはり床に就いている姑のお鳥、そして娘と娘婿、その子供と女中が共に暮らしている。

 静かで、どこか陰鬱なこの家に、玄鶴が囲っておいた女中上がりのお芳が子連れで手伝いに来ることで、一家の空気は目に見えて険悪になる。子供同士は喧嘩を始め、姑はお芳に嫉妬し、関係のない娘婿に八つ当たりをする。

 この家庭的悲劇を冷たく、むしろ享楽的に観察しているのが看護婦の甲野だ。暗い過去を持ったこの女は、堀越家の中で上手く立ち回りつつ、嘲け笑っていた。

 お芳の去ったあと、玄鶴は恐ろしい孤独に襲われる。死期が迫るのを感じ、自らの一生と向かい合わざるを得なくなった。己の人生の浅ましさゆえ、何の慰めも得ることができない。褌で首をくくろうと考えるが、その勇気すらも無かった。

 結局は病死となった玄鶴の葬儀で、従弟の大学生は社会主義者のヴィルヘルム・リープクネヒトの本を読んでいる。古式で暗い山房の、その外で起こりつつある新しい世界を暗示させる効果を狙ったようだ。

 

 各登場人物の微妙な関係を家という舞台で描いた、心理小説である。晩年の芥川作品には、自身の憂鬱な精神状態を吐露した、自由な形式のものが多いが、これはまとまった物語の体をなしている。重々しい悲劇を、どこか軽い喜劇のように表現しようとしているのは、作者の当時の心理状態と関係するのであろうか。

 

 

 新潮文庫 芥川龍之介 「河童・或る阿呆の一生」収録

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)