愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

芥川龍之介「河童」

 精神病院の患者第二十三号は、会う人みなに同じ話をする。曰く、登山の途中で河童の世界に迷い込み、そこで生活をしていたと。

 語りは非常に具体的である。河童の生物的な特徴から始まり、彼らの日常生活、さらには知的文化の発展にまで及んでいる。

 河童の風俗や習慣が我々のものと対比されている箇所は実に面白い。

 

『…たとえば我々人間は正義とか人道とかいうことを真面目に思う、しかし河童はそんなことを聞くと、腹をかかえて笑い出すのです。…』

 

 河童の世界にも機械化・工業化の波が訪れ、職工も毎月大量の解雇にあっているという。にもかかわらずストライキの話を聞かないことを不思議に思っていると、なんと職工屠殺法に基づき、みな殺されて食肉にされるという。二十三号が非難すると、軽くあしらわれてしまう。

 

『「常談を言ってはいけません。あのマッグに聞かせたら、さぞ大笑いに笑うでしょう。あなたの国でも第四階級の娘たちは売笑婦になっているではありませんか?職工の肉を食うことなどに憤慨したりするのは感傷主義ですよ」』

 

 河童の世界という異世界を利用して、人間世界を皮肉っているのだ。これはそのままSF的手法である。「河童」は、芥川龍之介のSFと言っていい。そして患者二十三号は、話を終えた後にかならず聞き手を怒鳴りつけるのだ。

 

『「出て行け!この悪党めが!貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、図々しい、うぬ惚れきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出て行け!この悪党めが!」』

 

 罵倒されているのは、世間一般の俗人であろうか。あるいは、この短編の読者なのかもしれない。

 

 

 新潮文庫 芥川龍之介「河童・或阿呆の一生」収録

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)