愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

存在の分析〈アビダルマ〉 仏教の思想2

 ブッダは、自らが教える真理を「ダルマ(法)」という語で呼んだ。「アビダルマ(対法)」とは、ダルマに対する学習・研究を意味する。

 ブッダ没後、学僧たちは数多くの部派・学派に分裂しながらも、ブッダの教えを1つの思想体系にまとめあげる努力をした。この努力およびそこから生み出された種々の著作を、総じてアビダルマと呼ぶ。この書が取り扱うのは、その中でも一番著名な、世親(ヴァスバンドゥ)による『倶舎論(アビダルマ・コーシャ)』である。仏教史上もっとも偉大な学者・思想家の一人とされる世親は、アビダルマ論書の完成態と呼ばれる倶舎論を記したばかりでなく、その後の大乗仏教の瑜伽唯識学説の唱道者でもある。小乗仏教から大乗仏教への橋渡し役をした人物だ。

 アビダルマは、仏教の煩瑣哲学であると評される。僧侶の中では「唯識三年、倶舎八年」という言葉があるくらいだ。倶舎を学ぶのには八年かかり、唯識を学ぶのにはさらに三年かかるという意味である。存在の要素であるダルマを五位七十五法に分類する倶舎論は複雑・難解を極める。しかし、決して形而上学の知的戯れとして作られたものではない。倶舎論の冒頭には、こう記されている。

 

『「あらゆるしかたで、すべての闇を消滅し、輪廻の泥沼から人びとを救い出す真実の師(ブッダ)に心からなる敬意を表しつつ、アビダルマ・コーシャ(アビダルマの庫)を私は説こう」

 ーーー「ダルマを正しく吟味分別すること以外に、煩悩をしずめるためのすぐれた方法はない。そして煩悩によって世の人びとは、輪廻転生しつつ生死の海を漂う」』

 

 煩悩をしずめて輪廻の泥沼から人びとを救い出す。そのためにはダルマを吟味分別するしかない。この後に膨大な宗派に分裂していく仏教の、最も根底的な教えがここにあるのだ。

 

角川ソフィア文庫「仏教の思想2 存在の分析〈アビダルマ〉」