空の論理〈中観〉 仏教の思想3
第三巻は、龍樹(ナーガールジュナ)の主著である『中論』を中心として中観思想が考察されている。
中観思想の根本的な考えは、般若経の「一切は空である」との言葉に表現されている。最高の真実としては、一切のものは空であり、いかなるしるし、つまり言葉によっても表されることがない。言葉というものは空なのである。
ニヒリズムや懐疑主義と同一視されてしまいがちだが、龍樹が目指したのは、ブッダの思想への回帰であった。外道(仏教以外の哲学派)、さらには仏教内部ですら、ブッダが否定した極端に偏った理論や実践方法が広まっていた。龍樹はブッダが本来唱えていた中道を、般若思想を通して空観として捉え直したのである。そのことを表わす中論の巻末二偈が引用されている。
『あらゆる存在は空であるから
世界は常住である等の諸見は
何処に 誰に 何故に 生じるであろうか
一切の邪見を断じるために
慈悲によって正法を説いたゴータマ(ブッダ)に
私は敬意をささげる』
共著者である哲学者の上山春平により、龍樹はカントと比較されている。
『・・・カントの「批判」はソクラテスの「無知」の再構成であり、ナーガールジュナの「空観」はブッダ「無記」の理論的再現であったのだ。』
龍樹は、仏教者たちを、机の上から菩提樹の下に戻そうとしたのだ。
角川ソフィア文庫「仏教の思想3 空の論理〈中観〉」