愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

カート・ヴォネガット・ジュニア「スローターハウス5」

 ドレスデン爆撃とは、第二次世界大戦末期の1945年2月13日から15日まで英・米連合軍によって行われた、ドイツ東部の都市ドレスデンへの無差別爆撃である。死者数には諸説あり、著者のカート・ヴォネガット・ジュニアは『広島をうわまわる規模』と書いているが、現在の通説としては約2万5千人とされている。

 ヴォネガットは、当時捕虜としてドレスデンに連行されていた。収容されていた建物の名前が、スローターハウス5(屠殺場5号)であった。避難していた地下壕から地上にでると、歴史的建造物が並ぶ美しい街は焦土と化していた。小説はこの経験を下地に書かれている。

 ヴォネガットをモデルとした主人公のビリー・ピルグラムは、時間のなかに解き放たれて痙攣的時間旅行者となった。自らの誕生から死の瞬間までのありとあらゆる出来事を行き当りばったりに訪問している。老いぼれた男やもめとなって眠りに落ちれば、結婚式当日に目覚め、ドアを開ければその数十年前の戦場に戻っている。

 悲惨な戦場や親族の死など、ありとあらゆる場面を幾度となく訪問するが、ビリーは「そういうものだ(So it goes.)」で終わらせてしまう。時間の呪縛から自由となったビリーにとって、死にはたいした意味はない。死より前の時間にその人は永遠に生き続けているのだ。ヴォネガットのシニカルな語り口が、ビリーの冷淡な視点を効果的に表現している。

 

 

 ハヤカワ文庫SF『スローターハウス5伊藤典夫