愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

芥川龍之介

芥川龍之介「疑惑」

講演のために岐阜県下の大垣町に滞在する私は、ある夜、不気味な男の訪問を受ける。自分の身の上話を聞いてほしいとの頼みだ。 中村玄道と名乗る男は、妻と二人で暮らしていた。明治二十四年の濃尾の大地震の時、家が倒壊し、妻の下半身が梁の下敷きとなって…

芥川龍之介「南京の基督」

貧しさのために買春で生計を立てる十五歳の少女は、五歳で洗礼を受けた耶蘇教徒であった。梅毒を病んで客を取れず、「誰かに移せば治る」という同輩からの迷信じみた忠告をにも、耳を貸さずに祈禱を続けていた。 客を取れずぼんやりと過ごしていたある日、東…

芥川龍之介「黒衣聖母」

マリア観音とは、聖母マリアに擬せられた観音菩薩像をいう。江戸時代、禁教令により弾圧されていたキリシタンたちが、密かに信仰の対象とするためにつくったものだ。 両親を亡くした稲見姉弟は、七十を越した祖母の手に育てられていた。弟は八つばかりの時、…

芥川龍之介「或阿呆の一生」

親友の久米正雄に託された遺稿である。或阿呆とは芥川自身のことだ。序文にはこうある。 『…僕は今最も不幸な幸福の中に暮らしている。しかし不思議にも後悔していない。ただ僕のごとき悪夫、悪子、悪親を持ったものたちをいかにもきのどくに感じている。で…

芥川龍之介「河童」

精神病院の患者第二十三号は、会う人みなに同じ話をする。曰く、登山の途中で河童の世界に迷い込み、そこで生活をしていたと。 語りは非常に具体的である。河童の生物的な特徴から始まり、彼らの日常生活、さらには知的文化の発展にまで及んでいる。 河童の…

芥川龍之介「玄鶴山房」

家の主人である堀越玄鶴は肺結核にかかり、看護婦を付き添いに、離れで床に就いている。茶の間の隣で、腰が抜けてこちらもやはり床に就いている姑のお鳥、そして娘と娘婿、その子供と女中が共に暮らしている。 静かで、どこか陰鬱なこの家に、玄鶴が囲ってお…