愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

2017-01-01から1年間の記事一覧

芥川龍之介「河童」

精神病院の患者第二十三号は、会う人みなに同じ話をする。曰く、登山の途中で河童の世界に迷い込み、そこで生活をしていたと。 語りは非常に具体的である。河童の生物的な特徴から始まり、彼らの日常生活、さらには知的文化の発展にまで及んでいる。 河童の…

芥川龍之介「玄鶴山房」

家の主人である堀越玄鶴は肺結核にかかり、看護婦を付き添いに、離れで床に就いている。茶の間の隣で、腰が抜けてこちらもやはり床に就いている姑のお鳥、そして娘と娘婿、その子供と女中が共に暮らしている。 静かで、どこか陰鬱なこの家に、玄鶴が囲ってお…

三島由紀夫「椅子」

三島由紀夫は祖母の部屋で育てられた。病弱な祖母は、この孫を外に出すのを嫌がり、自分の枕元で音をたてずに静かにさせておいたのだ。短編の前半は、この当時の母親の手記からの引用で占められている。 『「朝から午後まで、うす暗い八畳の祖母の病室にとじ…

ミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」

『永劫回帰という考えは秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた。われわれがすでに一度経験したことが何もかももう一度繰り返され、そしてその繰り返しがさらに際限なく繰り返されるであろうと考えるなんて!いったいこの…

マヌエル・プイグ「蜘蛛女のキス」

刑務所で同室となった、同性愛者モリーナと革命家バレンティンの会話がほとんどを占めている。その会話も、モリーナが覚えている映画のストーリーをバレンティンに聞かせるというものだ。地の文は時折挿入される報告書と、注釈しかない。注釈は、本編のスト…

安達正勝「死刑執行人サンソン」

サンソン家は、六代にわたってパリの死刑執行人(ムッシュー・ド・パリ)を務めた。本書では特に四代目、「大サンソン」と呼ばれたシャルル・アンリ・サンソンについて書かれている。 死刑の執行は、法に基づき、国王の委任を受けてなされる。処刑人は世襲で…

ローラン・ビネ「HHhH プラハ、1942年」

タイトルのHHhHは「Himmlers Hirn heißt Heydrich」の頭文字をとったものだそうだ。意味は「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」。 ハインリヒ・ヒムラーはナチス親衛隊(SS)の全国指導者である。親衛隊内部には親衛隊保安部(SD)がおかれてお…

森鴎外「杯」

『温泉宿から皷が滝へ登って行く途中に、清冽な泉が湧き出ている。 水は井桁の上に凸面をなして、盛り上げたようになって、余ったのは四方に流れ落ちるのである。 青い美しい苔が井桁の外を掩うている。 夏の朝である。』 一文一文が短く、簡潔で力強い。漢…

大江健三郎「万延元年のフットボール」

『夜明けまえの暗闇に眼ざめながら、熱い「期待」の感覚をもとめて、辛い夢の気分の残っている意識を手さぐりする。内臓を燃えあがらせて嚥下されるウイスキーの存在感のように、熱い「期待」の感覚が確実に躰の内奥に回復してきているのを、おちつかぬ気持…