愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

無限の世界観〈華厳〉 仏教の思想Ⅵ

華厳と天台の相違点をあげる際に、性起と性具という言葉が使われる。 『天台は「具」の一字、華厳は「起」の一字で表される。個物は普遍的なほとけのいのちを本具するとみるのが天台、あらゆるものは普遍的なほとけのいのちの表現活動であるとみるのは華厳で…

カート・ヴォネガット・ジュニア「スローターハウス5」

ドレスデン爆撃とは、第二次世界大戦末期の1945年2月13日から15日まで英・米連合軍によって行われた、ドイツ東部の都市ドレスデンへの無差別爆撃である。死者数には諸説あり、著者のカート・ヴォネガット・ジュニアは『広島をうわまわる規模』と書いているが…

絶対の真理〈天台〉 仏教の思想Ⅴ

天台宗は、中国の南北朝時代から隋にかけての僧侶である智顗を開祖とする。妙法蓮華経(法華経)を根本経典とし、天台法華とも呼ばれる。 智顗は法華経を元に、独自の教説を二つ唱えた。一念三千と三諦円融である。 一念三千は、天台における世界観である。…

ウラジーミル・ソローキン「青い脂」

『一月二日 やあ、お前。 私の重たい坊や、優しいごろつきくん、神々しく忌まわしいトップ=ディレクトよ。お前のことを思い出すのは地獄の苦しみだ、リプス・老外、それは文字通り重いのだ。 しかも危険なことだ――眠りにとって、Lハーモニーにとって、原形質…

認識と超越〈唯識〉 仏教の思想Ⅳ

インドで生まれた唯識思想は、西遊記で有名な三蔵法師玄奘の漢訳仏典により、日本に紹介された。唯識思想は、日本仏教の出発点である。 唯識とは、ただ表象があるのみで、外界の存在物はないとする思想である。我々が目の前のコーヒーカップを見るとき、そこ…

山田風太郎「室町少年倶楽部」

室町幕府第八代将軍、足利義政。 兄の早世により、将軍職を継ぐものとして母や家臣連から寵愛を受けて育てられる。 諸大名のお家騒動などのネバネバとした政治に巻き込まれるのを疎んだ義政は、正式な将軍就任前に出家を志すこととなる。家臣は大慌てで側妾…

空の論理〈中観〉 仏教の思想3

第三巻は、龍樹(ナーガールジュナ)の主著である『中論』を中心として中観思想が考察されている。 中観思想の根本的な考えは、般若経の「一切は空である」との言葉に表現されている。最高の真実としては、一切のものは空であり、いかなるしるし、つまり言葉…

安部公房「けものたちは故郷をめざす」

大日本帝国の敗戦後、満州国は滅亡した。満州で生まれ育った久木久三は、唯一の肉親である母を亡くす。孤児となった久三は、一度もその地を踏んだことのない故郷、日本を目指すこととなる。 その道のりはあまりにも険しいものだった。機関車は共産党と国民党…

存在の分析〈アビダルマ〉 仏教の思想2

ブッダは、自らが教える真理を「ダルマ(法)」という語で呼んだ。「アビダルマ(対法)」とは、ダルマに対する学習・研究を意味する。 ブッダ没後、学僧たちは数多くの部派・学派に分裂しながらも、ブッダの教えを1つの思想体系にまとめあげる努力をした。…

知恵と慈悲〈ブッダ〉 仏教の思想1

仏教の思想は、昭和四十年代に角川書店から刊行された全十二巻に及ぶシリーズものであり、現在は角川ソフィア文庫で手に入れることができる。 四巻ごとにインド篇・中国篇・日本篇と分かれている。企画者は哲学者であり、第一部で仏教学者がテーマとなる思想…

芥川龍之介「疑惑」

講演のために岐阜県下の大垣町に滞在する私は、ある夜、不気味な男の訪問を受ける。自分の身の上話を聞いてほしいとの頼みだ。 中村玄道と名乗る男は、妻と二人で暮らしていた。明治二十四年の濃尾の大地震の時、家が倒壊し、妻の下半身が梁の下敷きとなって…

フォークナー「アブサロム、アブサロム!」

アーネスト・ヘミングウェイとウィリアム・フォークナー。共にアメリカのロストジェネレーション世代を代表する作家である。 ヘミングウェイは記者として第一次世界大戦・スペイン内戦に積極的に関わった。世界中を飛び回り、その経験を下地に小説を書いた。…

内田百閒「ノラや」

夏目漱石を師とし、陸軍士官学校や法政大学でドイツ語教授を務めるかたわら、幻想的な小説を得意とした内田百閒。気難しく厳格なイメージの強い百閒だが、七十歳間際に書かれたこの随筆は、かわいがっていた野良猫のノラが失踪して、人目も憚らずに毎日ボロ…

芥川龍之介「南京の基督」

貧しさのために買春で生計を立てる十五歳の少女は、五歳で洗礼を受けた耶蘇教徒であった。梅毒を病んで客を取れず、「誰かに移せば治る」という同輩からの迷信じみた忠告をにも、耳を貸さずに祈禱を続けていた。 客を取れずぼんやりと過ごしていたある日、東…

芥川龍之介「黒衣聖母」

マリア観音とは、聖母マリアに擬せられた観音菩薩像をいう。江戸時代、禁教令により弾圧されていたキリシタンたちが、密かに信仰の対象とするためにつくったものだ。 両親を亡くした稲見姉弟は、七十を越した祖母の手に育てられていた。弟は八つばかりの時、…

中上健次「地の果て 至上の時」

三年間の服役を終えて地元に帰った秋幸は、生まれ育った「路地」が都市化に伴い消滅しているのを目にする。故郷を更地にしたのは、実父の浜村龍造であった。 かつて「路地」であった跡地は、自らをジンギスカンの末裔と称する覚醒剤中毒者のヨシ兄率いる浮浪…

中上健次「枯木灘」

「岬」の続編にあたる。 二十六歳になった竹原秋幸は、土方として、義理の兄の組で現場監督を任されていた。肉体労働に励みながら、繰り返し脳裏に浮かぶのは実の父親、悪評高き浜村龍造についての思いである。 『…だが、人夫たち、近隣の人間ども、いや母や…

中上健次「岬」

中上健次は和歌山県の被差別部落出身である。生まれ育った部落を「路地」と呼び、自らをモデルとした竹原秋幸を主人公に、「岬」「枯木灘」「地の果て 至上の時」の三部作を書いた。 秋幸は血のつながりのない父と兄、そして実母と一緒に暮らしており、異父…

三島由紀夫「天人五衰 豊饒の海(四)」

帝国信号通信所に勤める十六歳の少年安永透の左脇腹には、三つの黒子が並んでいた。松枝清顕の生まれ変わりであることを確信した本多繁邦は、彼を養子に迎えて、教育を施すことにする。松枝清顕、飯沼勲、ジン・ジャンの三人を襲った、二十歳で夭折する運命…

三島由紀夫「暁の寺 豊饒の海(三)」

松枝清顕の親友本多繁邦は、五十代になっていた。 弁護士として大成し資産家となった本多は、自ら「客観性の病」と呼ぶ、覗きの趣味を覚えていた。松枝清顕の生まれ変わりと思われる、日本に留学中であるタイの王女ジン・ジャンに思いを寄せ、御殿場二ノ岡の…

三島由紀夫「奔馬 豊饒の海(ニ)」

1876年、構成員の多くが神職からなる熊本の神風連は、明治政府の近代化政策に不満を抱き反乱を起こした。 松枝清顕の生まれ変わりである飯沼勲は、神風連の伝説に傾倒していた。昭和の神風連を目指す勲は、学校で同志を集め、腐敗した政治家や財界人を殺害し…

三島由紀夫「春の雪 豊饒の海(一)」

三島由紀夫が傾倒していたフランスの哲学者ジョルジュ・バタイユは、禁忌(タブー)の侵犯こそがエロティシズムの本質であると著書「エロティシズム」で書いている。「春の雪」は、この思想を小説において表現したものだ。 大正時代、侯爵家の跡取りである松…

サムコ・ターレ「墓地の書」

知的障害を持つサムコ・ターレは、アル中の占い師に「『墓地の書』を書き上げる」とのお告げを受け、雨が降ったから作家になることにした。実際の作者はダニエラ・カピターニョヴァーというスロヴァキアの女性作家である。 サムコ・ターレは繰り返しの多い幼…

ヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」

物語の核をなす手記の書き手である女性は、住み込み家庭教師の広告に応募した。広告主は両親を亡くした甥と姪の後見人になっている。その兄妹の住む田舎の屋敷に、家庭教師を兼ねて責任者として赴任してほしいとの依頼だった。条件は「主人(依頼者)を絶対…

会田雄次「アーロン収容所」

ルネサンス史を専門とする学者である著者は、終戦直後から一年九カ月の間、ビルマにおいて英軍の捕虜生活を送った。そこでの強制労働の日々とイギリス人に対する憎悪、現地のビルマ人やインド兵との交流が記されている。 不潔な環境と重労働はもちろんだが、…

三島由紀夫「潮騒」

『歌島は人口四百、周囲一里に充たない小島である。』 都会の喧騒から離れた小島を舞台に、漁師の青年と海女の少女の純真無垢な恋物語が描かれる。 物語の筋に何も特別な仕掛けはなく、ありきたりな障害を乗り越えて二人は結ばれる。登場人物はほとんどが善…

ヘミングウェイ「日はまた昇る」

第一次世界大戦後のパリには、アメリカの画家や詩人、作家などの芸術家によるコミュニティが形成されていた。多くは酒に溺れた自堕落な生活を送っており、彼らのためにサロンを開いていたガートルード・スタインには、ロストジェネレーション(自堕落な世代…

三島由紀夫「仮面の告白」

小説の書き手である主人公が、幼少期から青年に至るまでの性遍歴を回顧する形で語られていく。 病弱な身体に生まれた<私>は、肉体労働に励む男たちに憧れにも似た倒錯した欲望を感じる。日焼けした筋骨隆々の肉体に深い憧憬を抱きながら、その身体に槍やナイ…

三島由紀夫「金閣寺」

1950年7月2日、青年僧の放火によって金閣寺が焼失した。大谷大学の学生であった吃音症の犯人は、「世間を騒がせたかった」「社会への復讐のため」と動機を語った。三島由紀夫の「金閣寺」はこの事件をモデルとしている。 独白体で綴られたこの小説は、吃音症…

内田百閒「東京日記」

23章の幻想的な短文で構成された小説である。すべて東京を舞台にしており、日記の形式で書かれているが、各章は実質独立しており、関連していない。 地震によって揺れたお濠からは、牛よりでかい鰻が這い出して線路を数寄屋橋の方に伝う。とんかつ屋で食事を…