愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

2019-01-01から1年間の記事一覧

芥川龍之介「南京の基督」

貧しさのために買春で生計を立てる十五歳の少女は、五歳で洗礼を受けた耶蘇教徒であった。梅毒を病んで客を取れず、「誰かに移せば治る」という同輩からの迷信じみた忠告をにも、耳を貸さずに祈禱を続けていた。 客を取れずぼんやりと過ごしていたある日、東…

芥川龍之介「黒衣聖母」

マリア観音とは、聖母マリアに擬せられた観音菩薩像をいう。江戸時代、禁教令により弾圧されていたキリシタンたちが、密かに信仰の対象とするためにつくったものだ。 両親を亡くした稲見姉弟は、七十を越した祖母の手に育てられていた。弟は八つばかりの時、…

中上健次「地の果て 至上の時」

三年間の服役を終えて地元に帰った秋幸は、生まれ育った「路地」が都市化に伴い消滅しているのを目にする。故郷を更地にしたのは、実父の浜村龍造であった。 かつて「路地」であった跡地は、自らをジンギスカンの末裔と称する覚醒剤中毒者のヨシ兄率いる浮浪…

中上健次「枯木灘」

「岬」の続編にあたる。 二十六歳になった竹原秋幸は、土方として、義理の兄の組で現場監督を任されていた。肉体労働に励みながら、繰り返し脳裏に浮かぶのは実の父親、悪評高き浜村龍造についての思いである。 『…だが、人夫たち、近隣の人間ども、いや母や…

中上健次「岬」

中上健次は和歌山県の被差別部落出身である。生まれ育った部落を「路地」と呼び、自らをモデルとした竹原秋幸を主人公に、「岬」「枯木灘」「地の果て 至上の時」の三部作を書いた。 秋幸は血のつながりのない父と兄、そして実母と一緒に暮らしており、異父…

三島由紀夫「天人五衰 豊饒の海(四)」

帝国信号通信所に勤める十六歳の少年安永透の左脇腹には、三つの黒子が並んでいた。松枝清顕の生まれ変わりであることを確信した本多繁邦は、彼を養子に迎えて、教育を施すことにする。松枝清顕、飯沼勲、ジン・ジャンの三人を襲った、二十歳で夭折する運命…

三島由紀夫「暁の寺 豊饒の海(三)」

松枝清顕の親友本多繁邦は、五十代になっていた。 弁護士として大成し資産家となった本多は、自ら「客観性の病」と呼ぶ、覗きの趣味を覚えていた。松枝清顕の生まれ変わりと思われる、日本に留学中であるタイの王女ジン・ジャンに思いを寄せ、御殿場二ノ岡の…

三島由紀夫「奔馬 豊饒の海(ニ)」

1876年、構成員の多くが神職からなる熊本の神風連は、明治政府の近代化政策に不満を抱き反乱を起こした。 松枝清顕の生まれ変わりである飯沼勲は、神風連の伝説に傾倒していた。昭和の神風連を目指す勲は、学校で同志を集め、腐敗した政治家や財界人を殺害し…

三島由紀夫「春の雪 豊饒の海(一)」

三島由紀夫が傾倒していたフランスの哲学者ジョルジュ・バタイユは、禁忌(タブー)の侵犯こそがエロティシズムの本質であると著書「エロティシズム」で書いている。「春の雪」は、この思想を小説において表現したものだ。 大正時代、侯爵家の跡取りである松…

サムコ・ターレ「墓地の書」

知的障害を持つサムコ・ターレは、アル中の占い師に「『墓地の書』を書き上げる」とのお告げを受け、雨が降ったから作家になることにした。実際の作者はダニエラ・カピターニョヴァーというスロヴァキアの女性作家である。 サムコ・ターレは繰り返しの多い幼…