ジョージ・オーウェル「パリ・ロンドン放浪記」
ジョージ・オーウェルが、パリとロンドンの貧民街での生活を綴ったルポルタージュ文学である。
オーウェルは努めて客観的にこの経験を記録している。そのため、貧民に対する考えなどは時折語られているが、自身の境遇などはほとんど書かれていない。なのでオーウェルが何故スラムに暮らすことになったかについては、訳者のあとがきから知ることとなる。
大学卒業後、インドで警察官として勤務していた(彼は英国人である。当時インド帝国は英国の植民地であった)オーウェルは、退職して作家を目指し、パリに渡ったそうだ。当時で有名大学を卒業しているのであれば、生まれながらの貧民ではなく、むしろ裕福な家庭で育ったのであろう。つまり意図的に貧困生活を送ったことになる。後にスペインの内戦の時には、革命軍に参加したことも考えると(この経験は「カタロニア讃歌」という作品にまとめられる)、好奇心からの行動にも思われる。
パリで所持金が底をつき、生活のために皿洗いとしての職を探すところからこの放浪記は始まる。滞納している家賃を巡っての大家との駆け引き、質屋での攻防、貧民街レストランの馬鹿騒ぎに加え、革命で祖国を追い出されたロシア将校、悪徳に魅せられて自堕落な生活を送るフランス名家の息子などとても紹介しきれないほどの個性的な登場人物に溢れている。さらには採用されたホテルXでの1日13時間に及ぶ労働、頂点を支配人として最下層に皿洗いを置くピラミッド型の権力構造などが、『好奇心を起こして一日に何回「バカヤロウ」と呼ばれたか数えてみたら、三十九回だった。』といったユーモラスな記述を交えて事細かに描写されている。
ロンドンに場所を移すと少し趣が変わり、浮浪者の話になる。当時の英国では浮浪者の収容所(スパイク)というものが各地に用意されていたが、同じ収容所に連続で泊るのは禁止されていた。そのため浮浪者は、毎日毎日他の収容所へと移動せねばならなかったのだ。浮浪者同士では、各地のスパイクの情報交換をしている。
『「そうさな、ここはココア・スパイクだよ。紅茶スパイクもあれば、ココア・スパイクもある。スキリー・スパイクだってある。ありがてえことに、ロムトンじゃスキリーは出さねえ――とにかく、前におれがいたときにゃ出さなかった。ずっとヨークまで行って、ウェールズを回ったんでよ」
「スキリーってのは何かね」わたしは聞いた
「スキリー?缶に湯を入れて、底にひでえオートミールがちょこっとへえってる奴よ。そいつがスキリーさ。スキリーをよこすスパイクは最低だね」』
パリ篇ほどの派手さはないが、当時の貧民の生活は非常に興味深い。
オーウェルはインド帝国で警察官として勤め、パリ・ロンドンでスラムを回り、さらにはスペイン内戦に参加した。有名な「1984」や「動物農場」などの小説には、これらの経験が色濃く影響を与えているように思える。
- 作者: ジョージ・オーウェル,George Orwell,小野寺健
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1989/04/17
- メディア: 文庫
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