愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

手塚治虫「ばるぼら」

 耽美主義をかざして文壇にユニークな地位をきずいた流行作家、美倉洋介。彼は生まれながらの異常性欲に苦しめられていた。

 『この薄汚れた太平楽に浸って何にふるい立てというのだ

  ショパンは祖国の危機を叫び 

  ルネ・クレマンレジスタンスに加わった

  いまのわれわれにはデカダンスしか与えられない!泡沫の世紀の袋小路にすぎな

  い!』

 『だが俺は芸術をつくるぞ!たとえ悪魔に魂を売りわたしても俺は芸術を創造する!

  悪魔よいつでも来い!』

 性欲を芸術へと昇華させる。フロイトの理論である。そんな美倉の元にバルボラと名乗るフーテン娘が居候し始める。男口調で汚れた服を着て、いつも酒に溺れているバルボラだが、この娘が美倉の異常性欲を踏みとどまらせるストッパーの役割を果たすことになる。

 序盤は一話完結の異常性欲オムニバスとなっている。獣姦に近親相姦、さらにはマネキン姦、過激な地下SMクラブ。どれもすんでのところでバルボラが止めてくれる。その経験を長編小説として書き続けるうちに、占い師に死を予言される。生き延びるには、小説の主人公を殺すしかないという。自らの小説の主人公と同一視させられた美倉は、逆にその小説の中で占い師を殺すことにする。鈍器で殴り殺すシーンを書き終えると刑事が現れ、占い師が撲殺されたことを告げられる。

 ここから段々とストーリーが展開していく。西洋の幻想的な絵画展を見に来た美倉は、その『理論にも慣習にもモラルにも束縛されぬ不条理なディモニッシュな世界!―』に魅了される。『狂気の世界だ!私はなんとそれがなつかしく身近に感じたことだろう』美術館に火をつけようとしているところをバルボラに止められる。バルボラへの感情が徐々に変化し始めるが、同時に彼女が芸術の女神ミューズ姉妹の末っ子であるとこが明らかになってくる。

 バルボラは芸術家のところに居座り、名作を作らせる。そしてバルボラがその元を去った芸術家は、抜け殻のようになる。美倉はバルボラを殺そうとするが、遂には精神に異常をきたす。山小屋の中で飢えと狂気に苛まれ、「ばるぼら」という私小説を書くこととなる。

 

 手塚治虫は芸術の残酷さを描きたかったのだろう。自分の描いた芸術が、漫画という表現形式のおかげで不当に低い評価を得ていたことに不満があったのかもしれない。

 

 

角川文庫「ばるぼら」上下巻

 

 

ばるぼら (上) (角川文庫)

ばるぼら (上) (角川文庫)

 

 

ばるぼら (下) (角川文庫)

ばるぼら (下) (角川文庫)