愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

ミラン・クンデラ「存在の耐えられない軽さ」

 『永劫回帰という考えは秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた。われわれがすでに一度経験したことが何もかももう一度繰り返され、そしてその繰り返しがさらに際限なく繰り返されるであろうと考えるなんて!いったいこの狂った神話は何をいおうとしているのであろうか?』

 冒頭からのニーチェ語りにこちらが困惑させられるが、この永劫回帰思想はタイトルと関係している。永劫回帰によれば、我々の歴史は何度も何度も、永遠に繰り返され続けることとなる。つまり私たち個人も、全く同じ人生を何度も何度も繰り返し続けることになるのだ。行動も出来事もすべて永遠に繰り返されることで、その人生には重みが出る。では、もし永劫回帰というものが存在しないとしたら?一度きりで、二度と繰り返されることがなく、時間とともに過ぎ去って永遠に戻ってこない我々の歴史、人生、私たちの存在というものは、耐えがたいほど軽いものではないだろうか?

 物語は優秀な外科医でありドン・ファンのトマーシュと、恋人のテレザ、愛人のサビナを主要人物として、時系列を複雑に絡み合わせながら、各部それぞれ一人の人物にスポットライトを当てて語られていく。登場人物はどれも歪んだ人生観と思考パターンを持っており、恋愛関係を基本としつつ、哲学的な論議や当時のチェコの複雑な政治情勢を織り交ぜた濃密なストーリーが展開される。

 画家のサビナは、ロシアに侵攻された共産主義下のチェコを出て、世界を渡り歩く。ドイツの政治組織が催した彼女の展覧会で、パンフレットに「自由のために自分の絵で戦っている」と紹介されてしまう。サビナは怒り狂って抗議する。「私の敵は共産主義ではなくて、俗悪なもの(キッチュ)なの!」 

 

 

集英社文庫「存在の耐えられない軽さ」千野栄一

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)

存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)