愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

会田雄次「アーロン収容所」

 ルネサンス史を専門とする学者である著者は、終戦直後から一年九カ月の間、ビルマにおいて英軍の捕虜生活を送った。そこでの強制労働の日々とイギリス人に対する憎悪、現地のビルマ人やインド兵との交流が記されている。

 不潔な環境と重労働はもちろんだが、イギリス軍兵士のアジア人蔑視からくる精神的苦痛が特に耐えがたかったようだ。女兵舎を掃除に行くと、こちらを気にもせずに全裸で身支度をする。なにか用を言いつけ、お礼としてタバコを床に放り投げてくる。支給される食事は下等米なのはまだしも、砂や泥が三割も混じっている。小隊長が抗議に行くと、『「日本軍に支給している米は、当ビルマにおいて、家畜飼料として使用し、なんら害なきものである」』と真面目に返してくるのだ。

 著者は歴史家として、当時の日本兵としての感情をそのまま記録することを選んだようだ。『「イギリス人を全部この地上から消してしまったら、世界中がどんなにすっきりするだろう」』と当時の正直な気持ちが綴られている。

 痛快なのは泥棒の話だ。食料も衣服も満足に与えられず、英軍の倉庫から盗まざるをえないとの建前で、実際は抑圧者への憂さ晴らしとして捕虜たちは次々と泥棒をしていく。缶詰や衣類はもちろん。休日に行われる芝居の小道具に使うありとあらゆるものを盗む。監視のイギリス兵やインド兵も取り締まるが、あまりやる気はない。いくら取り締まっても無駄であるし、そもそも彼らも泥棒や横流しをしているのだ。

 著者は西洋のヒューマニズムというものに疑義を呈している。自らの経験によって、それを神聖なものとして崇拝する日本人に対して忸怩たる思いがあったのであろう。

 

 

 中公新書「アーロン収容所」会田雄次