愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

三島由紀夫「暁の寺 豊饒の海(三)」

 松枝清顕の親友本多繁邦は、五十代になっていた。

 弁護士として大成し資産家となった本多は、自ら「客観性の病」と呼ぶ、覗きの趣味を覚えていた。松枝清顕の生まれ変わりと思われる、日本に留学中であるタイの王女ジン・ジャンに思いを寄せ、御殿場二ノ岡の別荘に招き寄せる。

 夜も深まったころ、隣の書斎からジン・ジャンの部屋を覗く。すると彼女は、隣の別荘のオーナーであり、在日アメリカ軍の将校を情夫にしている久松慶子と濃厚に絡まりあっていた。そして彼女の左脇には、清顕そして飯沼勲と同じく、昴を思わせる三つの小さな黒子が並んでいた。

 

 タイやインドの熱気と神秘思想を背景に、輪廻転生の思想を深く追求した語りの中で、老いの醜さというものが執拗に描かれている。右翼団体を率いていた勲の父飯沼は、貧困を窺わせる身なりで金の無心に来る。本多の従順な妻であった梨枝は、腎臓の持病から顔に浮腫が出て、言葉の端々に嫌味を滲ませた話し方になっている。

 かって清顕の恋人であり、今は出家した聡子の世話人蓼科は九十五歳になっていた。

 

『さるにても蓼科の老いは凄まじかった!その濃い白粉で隠されている肌には、老いの苔が全身にはびこり、しかもこまかい非人間的な理智は、死者の懐ろで時を刻みつづける懐中時計のように、なお小まめに働いているのが感じられた。』

 

 三島由紀夫が四十五歳で自刃したのは、老いへの抵抗、あるいは恐怖でもあったのかもしれない。

 

新潮文庫暁の寺 豊饒の海(三)」

豊饒の海 第三巻 暁の寺 (あかつきのてら) (新潮文庫)

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