夏目漱石「文鳥」
門下生の三重吉が、漱石に文鳥を飼うよう勧める。金を渡して、籠と一緒に買ってきてもらい、飼い方を聞くとどうも大変そうだ。千代千代(チヨチヨ)と鳴いて可愛いので、水と餌を毎日取り替えてやるが、段々と世話を怠って、下女に任せてしまう。ふと気づいて籠を覗くと、文鳥は底で冷たくなっている。
生き物を飼ったことのある人なら誰でも経験するようなことだ。特に物珍しい出来事は書かれていない。ただ、やはり表現力がすごい。文鳥の死に気付いた漱石は、下女を怒鳴りつけ、三重吉にこう手紙を書く。
『「家人(うちのもの)が餌を遣らないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠に入れて、しかも餌を遣る義務さえ尽さないのは残酷の至りだ」』
そして短編は最後、この一行で終わる。
『午後三重吉から返事が来た。文鳥は可愛想なことを致しましたとあるばかりで家人(うちのもの)が悪いとも残酷だとも一向書いてなかった。』
文鳥が死んだことに対して、自分が世話をしなかったことを後悔する、あるいは自分の非を認めるような表現は一切ない。にもかかわらず、読者は行間から、漱石が自分を強く責めていることを読みとれるのである。