愧為読書誤一生

ブログという名の読書ノート

中上健次「地の果て 至上の時」

 三年間の服役を終えて地元に帰った秋幸は、生まれ育った「路地」が都市化に伴い消滅しているのを目にする。故郷を更地にしたのは、実父の浜村龍造であった。

 かつて「路地」であった跡地は、自らをジンギスカンの末裔と称する覚醒剤中毒者のヨシ兄率いる浮浪者集団が占拠していた。彼は元々「路地」の住民であり、この地にビルの建築を予定している建設業者とたびたび問題を起こす。業者の中には、秋幸とともにこの地で育った姉の亭主も混ざっている。

 

 経済的な豊かさを求める都市化の推進と、住民たちが共存してきた熊野の自然を破壊することへの反発が、変わりゆく故郷で複雑に織り交ざっていた。「水の信心」という新興宗教団体は、身体に溜まった毒素を消し去るために、土地の方々から湧き出ている清水を飲むことを強制する。問題を起こす人物は、全裸で信心の道場に閉じ込められ、何日も物を食わせずただ水だけを飲ませ、朝夕と穢れを取るため体を竹ぼうきで打たれ続ける。

 

 故郷の消滅と都市化が話の主軸とされているが、根底に流れるのは秋幸と実父龍造の対立である。秋幸に流れるのは父の血であり、秋幸を育んだのは「路地」なのだ。「路地」を消し去ったのは龍造だが、秋幸に流れる血を消し去ることはできない。父を殺すこと、そして自らが死ぬことが、血を絶つための唯一の手段である。秋幸と龍造は、お互いに向けられた殺意を充分に知りながら、腹の探り合いをすることになる。

 

講談社文芸文庫『地の果て 至上の時』

地の果て 至上の時 (講談社文芸文庫)

地の果て 至上の時 (講談社文芸文庫)